たがいに惚れていたけれど
たがいに惚れていたけれど
四年ほど前に「男はつらいよ・寅次郎の旅路」の上映会と、竹下景子さんが「寅さん」をトークする招待券を、知人から貰った。
当日は朝から大雪が舞い、夕刻まで続くとの天気予報。銀幕スターは得てして我がままと聞く。この悪天候では、何かにこじつけ、竹下さん、来ないのではと案じたが、スクリーンで見る美しさと声、そのままに「風に吹かれ、気ままに全国に行く潔さ」と、寅さんの魅力を、にこやかに語ってくれた。
「寅次郎心の旅路」は何度か見たが、兵馬(※寅さんと一緒に旅する人)が、オーストリアで恋した娘の名がテレーゼということに、初めて気づいた。
ドイツの詩人、ハイネの詩集「歌の本」の下巻三十三番に「たがいに惚れて」というのがある。
「たがいに惚れていたけれど
うちあけようとしなかった
かえってつれないそぶりして
恋にいのちをちぢめてた
しまいに会えなくなっちまい
ただ夢にだけ出会ってた
とっくにめいめい死んじゃって
それさえてんで知らなんだ」
主人公(ハイネ)は従妹のアマーリェに恋したが、失恋。するとすぐに、アマーリエの妹、テレーゼに心を寄せる。しかしこれも失恋。この時の心境が、この詩を創作させたのだろう。
私は二十一歳の時、北海道紋別市から上京し、観光事業の専門学校に通う、老舗旅館の一人娘と、週二回の英会話学校で知り合った。
彼女はハイネの詩が大好きで、貴方も好きになって欲しいと、喫茶店の片隅で、また季節の花が美しく咲く公園で「歌の本」の抒情詩を心を込めて読み、その後、背景や人間関係を、夢見る乙女のように語った。
そのような日々が続いていた、ある日、彼女の母親が急逝した。女将のいない旅館は成り立たないのか、葬儀で帰ったきり、戻ってこなかった。
寅さんを楽しんで家路に向かうさい、テレーゼの名前から「たがいに惚れて」を思い出し、そして夢見る乙女を思い出した。
流氷寄せる街で、どんな暮らしをしているだろう。一目でも良い、逢いたいものだ。
「あんポンたん」は、これにて終了します。
次回は「ぞうのはな子」の予定です。
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