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こいしノート

エッセイ読むのも書くのも大好き人間です、小説も。 

アジアゾウ はな子 ありがとう

 昨年の晩秋、象のはな子が弱っていると聞き、年が年なので、ひょっとすると? 不安が過ぎり、井の頭自然文化園にある動物園へ、会いに行った。するとそのとおり、後ろを向いたきりで、左右に力なく鼻を振るばかり。

母親の胸から、じっと見ていた、くりくりした目が可愛い女児が「ママ、ぞうさんの、おかお、見たい」と、振り向いた。

 

半年経った今年の五月、はな子が死んだとの報道。それから二ヵ月後「アジアゾウはな子の六十九年」と、題した展示会が催された。それを知り、さっそく出向いた。

 

 展示室には、園長の挨拶文があった。

「平成二十八年五月二十六日、アジア象の、はな子が死亡しました。こう書くと間違った表現のようで『死亡』とは人にたいして使う言葉であり新聞などのマスメディアでは動物は『死んだ』が使われるそうです。

しかし私は敢えて死亡という言葉を使います。なぜならはな子は紛れもなく『人』と生き、『人』が運命を変えてきた69年の『人生』だったからです(以下略)」

この文言に違和感を持ったが、深くたずさわった園長の本心だろう。ならば理解すべき、それを念頭に見学することにした。

 

展示物の始まりは、神戸港から、はな子が貨物列車とトラックに乗せられ、上野動物園へ向かう途中の御徒町付近での写真だった。

 

次のは「仲良くしてね」そう言いたげな目で、同程度の背丈の小学生から、鼻で器用に果物を受ける、はな子の写真。

 

次は説明文、最後の二行で救われたが、読むのが辛い。

「1956年には、酒に酔った男性が夜、ぞう舎に忍び込み、はな子に踏まれて亡くなり、1960年には飼育係が象舎で、はな子に踏まれ、殉職するという、いたましい事故がおきてしまいました。

 二度目の事故のあと、はな子は危険な象という判断で鎖につながれたままで飼われ、象も人もお互いに信頼できなくなってしまいましたが新たに担当した飼育係により、次第に以前のような、はな子に戻っていきました」

 

 私は、事件の背景は関係者の都合で、はな子を井の頭動物園に移し、それにより、一頭きりになった。それが原因でストレスがたまり、気性が荒くなった結果、そう推測している、今もって。

 

次からは体調の悪化で、おおよそこのように書かれていた。

「1982年頃から、やせて元気がなくなり、消化不良が便ぴをおこすようになった。そのさいは、ホースをお尻に入れて浣腸した。

1983年の12月16日、左上の歯、九日後、右上の歯が抜け落ちた。これにより、特別食となる」

便秘の治療もそうだと思うが、日に何十キロの食材を、食べやすいように調理する工夫とその労力、さぞ大変だっただろう。

 

他にも考えさせられる、色々な展示物があったが、最後のコーナーは、はな子の遊具だった。

はな子がつぶしたタイヤや、首にまいたり、空に放り投げたりしたホースが置いてある。映像もあって、元気な頃を思い出す。

使い古したホーキもあった。担当員の掃除を手伝おうと、鼻でそのホーキ持つ写真も掛けてある。そこには「さすがに掃除は出来なかった」とのコメントが。何ともほほ笑ましい。

 

見終わると、園長の挨拶文に違和感がもうない、私になっていた。

 

九月三日には、お別れ会があるという。

 

はな子の像を建てる話もあるという。

 

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 (展示会のポスター)

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 (上野動物園へ向かう途中、御徒町あたり)

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(ホースで遊んでいる)

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(お別れ会のポスター)

 

 

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