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こいしノート

エッセイ読むのも書くのも大好き人間です、小説も。 

百合(難しい話と恥ずかしい話)

兄は、日本ブログ村の「季節の花」街区に居を構えて、もう十年になる。半年前に訪問した時、兄のブログ「道草の時間」に目を通した。

http://michikusanojikan.at.webry.info/201607/article_3.html

 

「一昨年、カサブランカの球根2個を一つの鉢に植えました。それが昨年の夏見事な花を咲かせました。今年は、昨年から残っていた球根から、昨年と同様の太い茎が2本立ち上がりました。それに加えて、8本の細い茎が斜めに生えてきました。そして、成長するにつれて、ほとんどが横向きになりました。  2本の太い茎には昨年と同様、それぞれ8つずつの豪奢な花が付きました。一方、細い茎の方は、8本のうち2本の先端に1つづつ花がつき、花の大きさもかたちも太い茎についた花と同様でした。  太い茎の葉も、細い茎の葉も、同じかたちでしたが、葉のつき方に違いがありました。葉序は太い茎も細い茎も互生ですが、太い茎の葉序では、葉はらせん状に並び、細い茎の葉は二列互生の葉序になっていました。

細い茎は横向きに成長したため、光合成を効率よく行うべく、葉の上面に十分な光が当たるように、本来はらせん花序であるべきものを、茎の成長点(茎の先端の分裂組織)が、茎が横向きであることを感知して、二列互生に変えたものと推測されます。

:葉序には基本的に互生、対生、輪生の三型があり、遺伝的に決められた性質です。上記の例は、互生花序の中の変異で、遺伝的なものでなく、後天的なものと考えられます」

 百合の茎に二列互生があるとは、びっくりだった。

 

修験道場で知られる大山の麓に、自然林があって、そこで開かれる月一回の動植物の観察会(ミニ観)へ、ここ八年通っている。

兄を訪問した二ヵ月後、ミニ観のコースから少し離れた場所に数十本の山百合が、みごとに咲いていた。それを眺め終えた時、兄が話した「二列互生」を思い出して検証し、その結果、確かだった。

 

どんな質問にも、分かりやすく教えてくれる、ミニ観の代表が、百合の群生を眺めている時の私を、どう見たのか、翌月、短冊を差し出した。そこにはこう書いてあった。

 

「道の辺の草深百合の花咲(ゑみ)に 咲(ゑ)ましからに妻といふべしや」

 

和歌には全く疎い私、意味を知ろうと帰路、図書館に寄り、若い女性の学芸員に解釈を聞いた。

すると「少々、お待ちになって」と言い残し、数分後「新日本古典文学大系万葉集二巻(岩波書店)」を、手にして来た。そして栞を挟んだページを開け「どうぞご覧になって」と、差し出した。そこには原文と和歌(前述)、そして注釈が載っていた。

(原文)

「道邊之 草深由利乃 花咲尓 咲之柄二 妻常可云也」

(注釈)

「道ばたの草深い中に咲く百合の花のように、にっこりお笑いになっただけで、妻と言ってよいものでしょうか」

 

おおよそは理解できるももの「妻と言ってよいものでしょうか」が、まだすっきりしない。そこで再び問うた。すると少し自信なさそうに

「・・・私なりの解釈ですけれど・・・・・・ちょっと微笑んだのに、妻になって欲しいだなんて、勘違いなさらないで・・・かしら」

と言い、その後、悪戯っぽい表情に変えて

奈良時代の男性も、平成時代の男性も、あまり変わりませんね。おたくはどうですか?」

 問われた私、一瞬「ドキッ!」

 

 心底尊敬するミニ観の代表、どんなつもりでくれたのかなぁ? 

 

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  太い茎に咲いた花

 

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 太い茎の葉序(らせん状)

 

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 細い茎に咲いた花

 

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 細い茎の葉序(二列互生)

 

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 代表から いただいた短冊

   

アジアゾウ はな子のお別れ会に行ってきました。次回は、そのことを書きたいと思っています。

どうぞ、遊びに来てください。

  

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