ハエ(蝿)捕り コンクール
壺井栄の小説に「二十四の瞳」という、名作があります。書き出しは「十年をひとむかしというならば、この物語の発端はいまからふたむかし半もまえのことになる」と、こうでした。これを引用するなら、今日の、こいしのエッセイは、ろくむかしまえのことになります。
東京の西部から流れ来る「石神井川」を挟むようにして、昔のそこは見渡すかぎり、水田だった。その一角は窪地になっていたが、誰が捨て始めたのか、いつの間にか「ゴミ山」と化していた。
小学三年生になった初夏、担任の「ばっちゃん先生」が授業の前にこう言った。
「暑くなると、ばい菌をいっぱいくっ付けた、ハエ(蝿)が食べ物に止まりますよね。それが色々な病気のもとになるの。それで、少しでも少なくしようと『ハエ捕りりコンクール』を、学校ぐるみですることになったの。
でね、捕ったハエを、今から配る封筒に入れて、昇降口に置いてある木箱へ入れてちょうだい。明日でも良いのよ。一等から六等まで、校長先生が表彰してくれるの。だから、皆、頑張ってね、先生も頑張るね」
こいしは授業など、もうそっちのけで、どうすれば一等になれるかを考え、そのうち大きくうなずき、授業が終わると一目散で家へ帰り、物置から捕虫網を探し出すと、ゴミ山へと小走りで向かった。そして封筒が膨らむほど捕った。そして、翌朝「神様、どうか、僕を一等にしてください」と念じつつ、木箱にそっと入れた。
二週間後、こいしは賞状と副賞の「コーリン鉛筆」半ダースを手にし、喜び勇んで、頼まれた着物を縫う、母に報告した。
「なんだって? ハイ(※何故か、母はハイと言う)捕りコンクールで一等? で、何匹だったの?」
「秤(はかり)で計ったみたいで、何匹かは分かんない。ばっちゃん先生が『瀬淵君(※こいしの苗字)のお家、いっぱい飛んでて良かったね』って言った」
「冗談じゃない、見てみな、一匹だっていやしない! で、どこで捕った?!」
「ゴミ山」
「ゴミ山だって? 母ちゃんはPTAの役員だよ、それも書記。その家がハイや蛆(うじ)が、うじゃうじゃいるなんて思われたら心外だ。
直ぐ学校へ行って、ゴミ山で捕ったと言ってきな。そう言わなきゃ、父兄の誰だって、先生の言うとおりだと思うだろ! 恥ずかしくって顔向けできない! さあ、早く、行って行って! いやなら、晩御飯、なしだ!」
鬼の形相で言い、鯨尺(竹製の和裁用物差し)を、振り上げた。
母の怒りには慣れっこなので、ほとぼりが冷めるまで、幼馴染の「まーちゃん」の家で時を過ごしていた。
その日の夜、夕飯にありつけたかですって? それはご想像にお任せします。
当時はひばりが高く舞い ツバメが飛び交っていました 土手にはヨメナやセリが新芽を出してぃました よく摘み草したものです 今は面影ありません
それでも コサギが何かをついばんでいました
マガモもです
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