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こいしノート

エッセイ読むのも書くのも大好き人間です、小説も。 

初詣は小遣い稼ぎ

気忙しい年の瀬になりました。皆さま、いかがお過ごしですか、お伺いいたします。

 つい先日、テレビのニュースで、近隣住民が「除夜の鐘」が煩いので、中止せよと神社側に迫り「除の鐘」で、妥協したと報じていました。年に一度、それも数時間、我慢できないのかなあ、こいし(私)は思うのですが。

 昭和三十年代頃の、こいしの元日は、一年の邪気を除くと言う、若水を汲むことから始まります。他の家は誰の役目かは分かりませんが、我が家では家族で一番若い者がすると決まっていたからです。ですから、もうずっと、こいしなのです。

水、汲むくらい簡単なことだ、ですって? 冗談ではありません。北風吹く寒い早朝、外の掘り抜き井戸から、手動ポンプでバケツに汲み、それを屋内の甕(かめ)まで持って来て、背伸びして入れるのですよ、それも二十杯も。(※当時のこいし、小学生)

 この不公平さを、父に訴えました。そうしましたら

「ばあちゃんだって、父ちゃんだって、二人の兄ちゃんだって、姉ちゃんだって、皆、順繰りにしてきたんだよ。妹や弟が生まれれば、しなくても良いのだから、不公平でも何でもない、そうだろう」

と、けろっと言いました。

ならばと台所に立つ母に

「母ちゃん、僕の後ろの子、早く産んでよ」

 と、頼みました。すると

「何、言うんだねえ、新年早々、薮から棒に。母ちゃんはねえ、もう五十に手が届くんだよ、無理だよ、産むなんて。馬鹿なこと言ってないで、お膳、手伝いな!」

 映画の寅さんではないですが、「末っ子はつらいよ」です。

 

朝食の雑煮が終わると、毎年、必ず、父にくっ付いて初詣に行きます。くっ付いていく理由はこうです。

父は石造りの鳥居をくぐると、賽銭用にと十円札三枚をくれます。ですが、こいし、賽銭箱には入れず、父が神前で二礼二拝し、低頭を始めた隙に、ポケットにしまいこむのです。まあ、他人に迷惑かけない、ちょろまかしですね。

父は梯子酒(はしござけ)、大好き人間です。初詣もそうで、二十分ほど歩いた場所にある、古寺へ向かいます。そこでも、こいし、三十円、ポケットに。

 

エッセイをここまで書いた、こいし、大慌てで神社と古寺へ行き、当時の三十円を現在に換算した額のお札を賽銭箱に入れ、ちょろまかしたことを、心の底から謝りました。神様と大日如来様、どう思ってくれたかな?

 

と言うわけで、今回のエッセイは尻切れとんぼになってしまいました、ごめんなさい。 

 

それでは皆さま、良いお正月を

 

 

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この神社で三十円

 

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このお寺でも三十円 

 

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